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 ■■ 奨学金 ■■


クーキャオウイッタヤ校



 タイで最も貧しいといわれている東北部ウドンタニ県チートー村にあるクーキャオウイッタヤ校は、1997年に創立されました。1991年に日本の高校1年生にあたるM4を新設。現在は、中学1年生から高校3年生まで約500名が通うマンモス校となっています。

<協力の背景>
 初めて中学校を訪問した時は、小学校から中学校への進学率はわずか8%でした。タイ国内の義務教育は小学校までだったので、農村部の子供達は小学校卒業後は一家の担い手をして都会へ出て行き、過酷な労働を強いられることもあった。私たちは、何とか中学校教育だけでも受けることができれば、これまでのような過酷な肉体労働から解放され、農村にある貧困の悪循環を絶つことができると考えました。学校に通ってもらうために、自転車を贈ったり、雨季の通学が楽になるように雨カッパを贈りました。しかし、思うように親の教育に対する理解を高めることが出来ず、農村の大切さと教育の充実を目的に1990年に地球市民奨学金を開設しました。



ボーゲゥヤゥミテープパッタナ校



 タイ東北部カラシン県にあります。1996年創立。全校生徒300名。学校のある村は世帯数220ほどで、その30%が出稼ぎに出ています。しかし、経済危機による雇用悪化で仕事も減り、頼みの受け皿の農村も深刻な水不足で米の作柄が不良、失業者の受け入れ余力を失っています。出稼ぎに出たものの、病気や失業で借金だけが残った、という例も少なくないのです。子供達は、雨が少なく痩せた田畑を耕すのを手伝っているのですが、米の作柄不良のため思ったような収穫はなく、日常食べる米でさえも事欠く状況です。

<協力の背景>
1997年7月、バーツを引き下げアジアの通貨危機の引き鉄をを引いたタイ。不動産融資などに巨額の資金投入を行った金融界は、この通貨危機、不動産バブルの崩壊で巨額の不良債権を抱え込み、家族の崩壊や犯罪の増加も深刻さを増しています。経済危機で学校を辞めた小・中・高校生は50万人にも達しています。旧知のクーキャオ学校のジョッキー先生の支援要請先のボーゲウ学校も例外ではなく、食べるのがやっとの子供達にも教育を家庭の子供達に教育を受けさせてあげたい、希望を持って欲しいとの願いから、1998年地球市民奨学金を開設しました。



ワットサーキャオ孤児院(過去の活動)


 本来、男子のみの孤児院だったが、1985年より女子も受け入れるようになりました。約200名の学生が寮生活をおくり、サーキャオ寺院の敷地のある小学校に通います。子供達は、毎日4時過ぎに起床し、寮の掃除、体操を行います。女子は、学生全員の食事を作り、2000人が1人15分で交代しながら食事をとります。学校から帰ると、寮の掃除、洗濯、夕食の準備、宿題に加えて収入増進の様々な活動、また、職業訓練を受けます。

<協力の背景>
もともと女人禁制の場である寺院に、女子が住む場所を提供されているので、当初は女子寮がある生活環境は劣悪な状況だった。女子寮は、横を流れる川の水面より低い土地に位置されているため、衛生状態がよいとは言えず、栄養不足のために髪の毛が変色している子供たちも多く見られました。1987年に初めて孤児院を訪問したときに、当時中学1年生だった中原寛子さんが、天日で乾燥させているレンガを更に炉で焼くことが出来れば、一個0.8バーツになると知り、帰国後、貯金を下ろし、それを元手に寄付を募りレンガ炉を建設したのが協力の始まりでした。孤児院での協力は、当初女子寮の生活改善を目指して取り組まれ、続いて男子寮での環境の改善、地球市民奨学金の支給へと続きました。





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