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| ■■ ミャンマー通信:ミャン坊マー坊天気予報:第8回 ■■ |
「命の値段」
命って何だろうと思わせる出来事が、ミャンマーではよく起こります。よく人が死 ぬのです。それも、日本で言う意味での「天寿を全うして」死ぬのではなく、突然に 死ぬのです。
地球市民の会のタンボジデモファームのフィールドマネジャーであるチョータンの お父さんが今年亡くなりました。原因は農作業中に毒蛇のコブラに咬まれたというの です。すぐに処理をすればよかったのに、コブラをそのままにしては他の人が困る と、コブラと格闘し殺してしまったのです。そのせいで毒が体を回ってしまい、病院 に搬送されたときはもう既に手遅れでした。彼は、一言も痛いといわず、コブラを恨 むでもなく、病院で死んでしまいました。56歳という若さでした。
地球市民の会のタウンジー事務所の事務担当の女性であるムイケイが昔から兄とし て慕っていた人が村からタウンジーに遊びに来ました。暫く普通に過ごしていたので すが、ある日気分が悪いから寝るといって寝所に行ってから起きてくることはありま せんでした。突然の死に誰もその原因がわかりません。34歳でした。
地球市民の会を支援してくれているエイエイ先生の姪が交通事故で死にました。エ イエイ先生は自宅で優秀でありながら就学が困難な子供を引き取り育てています。そ のうちの一人である女子高校生がバイクを借りて里帰りのため村に帰っていました。 村から帰ってくるときエイエイ先生の姪とバイクの二人乗りで帰ってきました。雨季 ということもあり、そのときも雨がふっていました。後ろに乗っている人はみんな傘 を差して乗っています。運転者が濡れないためもあります。ミャンマーは一年のうち 3分の一が雨なのでバイクの雨天での運転も二人乗り三人乗りも当たり前におこなわ れています。ですから、彼女も特別のことをしたわけではありません。ただ、彼女に 不幸だったのはその日は風の強い日だったということです。村から舗装のいいタウン ジーの町まで帰ってきました。町の中央道路を走っていたときに突風が吹いたので す。後ろに乗って傘を差していたエイエイ先生の姪はその風に飛ばされバイクから落 とされてしまいました。運悪く頭から落ち、そこには大きな石がありました。陥没骨 折を起こし、脳漿まで出ていたそうで、病院に着いたときは既に半死の状態で、5時 間後に息を引き取りました。18歳の死でした。
チョータンもムイケイも亡くなってから一週間、ミャンマーのしきたりに従い喪に 服していましたが、暫くすると元気になっていました。エイエイ先生は病院で姪が亡 くなったあと村から親戚が集まり、家で喪に服したそうです。エイエイ先生の場合、 自分の世話をする子供が運転するバイクで自分の姪が死んだということですから、相 当ショックを受けていると思って私は心配していました。しかし、エイエイ先生は長 く喪に服すことなく3日ぐらいで日常の生活に戻っていました。
私はエイエイ先生に「姪御さんは若いのに、痛ましいことです」と話しました。す ると、「残念ですが、それが彼女の運命だったのです」と答えました。ミャンマーの 人はみんな人が死ぬことを当たり前だと感じて暮らしているのです。死んでしまうこ とにいつまでも悲しんではいないようです。また、生に執着するのは仏教の教えに反 することでもあるのです。また、いろんなケースで人がよく死んでいくから、そのよ うな感覚にならないと、諦めがつかないからかもしれません。
日本のように、医療が発展し、人はなかなか死ななくなってしまいましたが、その ために多くのお金を使い、死を遠ざけて生活しています。それに比べればミャンマー 人の命の値段は安く、死も間近にあります。しかしエイエイ先生が言いように「この 世では死んでしまうともう何も残りません。ですから、何事も生きている間にしなけ ればなりません。特に生きている意味である『人の役に立つこと』は生きている間に しなければ生きている価値がないのです」と考えて生きているミャンマー人とどちら のほうが命の価値があるのか、深く考えさせられることでもあります。(第8号 了)
大野 拝
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