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| ■■ ミャンマー通信:ミャン坊マー坊天気予報:第16回 ■■ |
「山パゴダ〜前編〜」
現在、地球市民の会はカックー5ヶ村の電化を行う小規模水力発電所の建設を行って います。発電するための場所は主要幹線道路からそれて、悪路を砂塵舞いながら進ん でいかなければなりません。車の中にも砂が入り込み鼻や耳の穴はすぐに真っ黒けに なってしまいます。現在建設が佳境に入っており、1週間から10日に一回は片道2時間 の道を通っています。
さて、その日も悪路を揺られながら建築現場へ向かう車中、ふと窓の外を見たら山の 上にパゴダがありました。私の通訳兼アシスタントをしている現地人スタッフのカン ラ君にこのパゴダについて質問しました。「ね、カンラ、あのパゴダなんて言う名前 なの?」「どれですか?あ、山のパゴダですね」「そうだね、山の上にあるパゴダだ ね、名前は何?」「えぇ、ですから、『山のパゴダ』という名前です」「えぇっ!そ んな名前なの?」「村の人は山のパゴダと呼んでいます」
私はすぐに大きなお世話なことを考えてしまいますので、なおも質問します。「カン ラ、でもさ、『山のパゴダ』みたいな名前だったらみんな混乱してしまわない?南 シャン州じゅうに山のパゴダはあるでしょ?」カンラ君は困った顔をして「デモ、村 の人はそう呼んでいるのです」といいました。「そうかぁ、山パゴダかぁ」とくすく す笑いながらそこまで話していてふと私は気付きました。「あぁ、これは日本人の尺 度で考えてしまったな」と。
村の人の交通手段は基本的には歩くことか牛車です。私たちのように自動車という移 動能力の高いものを使っているのではないのです。ですから彼らの社会においては山 のパゴダといえばそのパゴダしかなく、南シャン州じゅうの山にあるパゴダを日常生 活の中で見ることはほとんどないのでしょう。その牧歌的なネーミングになんだかお かしな気分になって笑っていたのですが、人間の生活が「起きて半畳、寝て一畳」で あるのならば、当たり前のことなので、笑っていた自分自身がおかしいのです。そう いえば、日本中の集落に八幡神社かお稲荷があって、三日月町の人たちが八幡神社に 集合といって、佐賀市の八幡神社に集まらないよね、と思ったのでした。
私はどうも自分の基準にまだ囚われているようです。軽い笑い話のようなことです が、この感覚がある限り村で村の人たちと村を開発する話をしていて、独りよがりな ことを言っているかもしれないと反省してしまいました。その些細なことが村の人と の信頼関係を損なってしまうことがあるのではないか、と。そう考えると、自分の5 歳の娘との関係性でも同じようなことをしているのではないかなと、なんだか少し暗 い気持ちになってしまいました。カンラ君を笑っている場合ではないようです。
車で移動中です。「おっ、カンラ君、この村は出来てからあまり時間が経っていない ね、名前はなんていうの?」「えぇ、新しい村です」「ウン、そうだね新しい村だ ね、ところで名前はなんていうの?」「はい、ですから、『新しい村』です」「・・ ・・・・」(了)
後編もお楽しみに。また、こちらの食生活やどんな仕事をしているのかなどといった ご質問も受けましたのでお答えする予定です。
大野 拝
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