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| ■■ ミャンマー通信:ミャン坊マー坊天気予報:第13回 ■■ |
「クリスマスイブなのに〜その一〜」
日本はクリスマスイブから年末年始にかけて何かと気忙しい時期を迎えていること でしょう。ところがこちらタウンジーでは、クリスマスの気配も年末の気配も何もあ りません。こちらの1月1日は普通の平日に過ぎないそうで、仕事も普通にして特別な ことは何もしません。仏教の新年である4月がミャンマー人の正月で、そのときは盛 大にお祭りをするそうです。
さて、私のクリスマスイブですが、24日は仕事の現地パートナーであるポオー族の 自治組織PNOのbRの方のお葬式がありそれに参列しなければなりませんでした。彼 は72歳でなくなりました。彼は第2次世界大戦の際から既に戦闘に参加し、ビルマ 独立時からポオー民族の自主自立のために戦い、現在のPNOのリーダー、アバー・ウ アウンカムティとともに森に潜伏していたそうです。
エイエイ先生が「彼のように死にたいものです」と私に話してくれました。彼は夜 中お腹が痛いと言い出したそうです。ですので、奥さんがしばらく痛いと言っていた お腹をさすってあげました。すると彼は寝息を立てて眠ったそうです。朝、奥さんが 起きたときには彼は既に亡くなっていたそうです。「彼は生きている間に人間として すべきことをすべてしたので、お釈迦様からそのような死に方をプレゼントされたの です。」とエイエイ先生は話しました。すべきこと、とは人のために働くことを意味 しているのは言うまでもありません。
葬式は日本のような形式を踏んだものではなく、3000人の人が一日に集まり、 遺体に簡単なお祈りをするだけのものでした。その3000人には食事が振舞われま す。悲しさを表わしたり、涙を流すということは無く、旧知と歓談し時に笑いまであ るその葬式の形に少し面食らってしまいました。ただ、その遺体の横で朗々と途切れ ることなく、個人の人生や偉業を独特の節回しで歌うように話していたことに、儀式 的なものを感じることができました。
ところで、ミャンマーでは亡くなった後、都会では火葬をしますが、田舎では土葬 をします。村のはずれに埋める場所があるのです。しかしそこは特別なお墓などがあ るのではなく、空いているところに埋めるのだそうです。死んでからお墓参りをする などという習慣も無いそうです。火葬の場合も一度に3人ぐらい一緒に焼いてしま い、灰はみんな一緒に捨ててしまうそうです。また生まれ変わることと、そのために この世で生きていることを強く信じるこの国の人ならではの習慣だと思いました。
クリスマスイブに、私は仏教の考え方に則した生活習慣を目の当たりにし、なんとな く不思議な気持ちになりました。「生きることと死ぬことは一緒かもしれない」とは 宮本輝の小説の一節ですが、ポオーの人の考え方を見ていると、なんだかそういうも のなのかもしれないなぁ、と考えました。(了)
スマトラ地震に対するご心配のメールを多数頂き、有難うございました。タウンジー では何も問題ありませんでした。地震を知ったのは28日にミャンマー人に教わって からという状況でした。26日はこちらも大きく揺れたそうですが、丁度その時間イ ンレー湖のボートの上に家族揃って乗っていましたので、全然気付きませんでした。 ただ、私が仕事で建設中の水力発電施設に小さなヒビが入ってしまいました。メイン 工事の前なのでよかったのですが、耐久性に関してどうするか、頭の痛いところで す。
大野 拝
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